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歌手 工藤あやのさん

いま、山形から・・・ 寄稿このひと 歌手 工藤あやのさん
(平成29年3月17日掲載)

私の故郷やまがた

 「世に名を残したい・・・」
漠然とした夢を抱いていた小学生時代。
あの頃の私は自分に自信がなく、友達も少なく、休み時間も教室の窓から外を眺めて過ごす事が多かったように覚えています。

 そんな自分が、まさか歌手としてデビューし、自分の名前をweb検索すると私の写真やサイトが出てくるようになるなんて、夢にも思っていませんでした。

 私の地元、山形市のある村山地方は、緑が豊かです。遠くに霞む山々もあれば、すぐそこにも田畑がある。そんな場所です。上を見上げれば「広い空」。下を向けばアリやカエル、バッタ、ミミズと自然の豊かさならではの生き物たち。これが私の“あたりまえ”の原風景…。

 上京して気が付いたことは「“あたりまえ”ってどこにいてもあたりまえではないんだ」ということ。ふと東京の空を見上げても建物ばかりで、下を向いても生き物たちがいないんです。

 山形にいた頃、悩んだり行き詰まった時は、桧葉(ひば)の木公園でアリの大行列をみたり、馬見ヶ崎川の河川敷で川の音を聞きながら魚を追いかけたり、近くの駄菓子屋さんでお菓子を買い、鳥海月山両所宮でザリガニ釣りをしたり、夜中に広い駐車場に寝っ転がって星空を眺めたりしてリフレッシュしていました。
皆さんも、思い悩んだり仕事が手につかなくなった時は、是非山形へ来て癒されてみてはいかがですか?きっと良いリフレッシュになりますよ!

 「大好きなふるさと山形をいろんな方にご紹介したい!」、そんな想いでいた私ですが、昨年、ラジオ番組企画「山形てんこもりツアー」で実現することができました。大阪からリスナーの皆さん約80名を私の自慢のふるさと山形にご案内することになったのです。
ツアーはちょうど紅葉の季節。立ち寄ったのは、俳聖・松尾芭蕉ゆかりの「山寺」の名で知られる宝珠山立石寺。五大堂から望む山並みは紅葉真っ盛りで、真っ赤に燃えるようでした。ロープウェイに乗って蔵王の絶景を堪能したあとは、馬見ヶ崎川の河川敷で山形名物の芋煮会。山形の秋といえばやはりこれ!参加された皆さんといっしょに囲んだ芋煮鍋は最高においしかったですよ。
その後、ツアーは最上地方を経由し庄内地方へ向かいました。船頭さんの最上川舟唄を聞かせてもらいながら舟下りをした最上峡では、紅葉した山に陽が当たってキラキラと輝いてとっても綺麗。世界一のクラゲ水族館「加茂水族館」では、ユラユラ漂うクラゲの姿に癒されました。写真はなんと約2000匹のミズクラゲが入った直径5mの水槽!あまりの優雅さに、私は踊っちゃいました(笑) 山形の銘酒「出羽ノ雪」を造る渡會本店さんでは利き酒で風味を楽しみ、つけもの処本長さんではとっても良い香りと歯ざわりの漬物をお楽しみいただきました。

 旅の終わりに立ち寄ったのは寒河江市。名刹「本山慈恩寺」の大きな茅葺きの本堂にある「鋳鉄仏餉鉢(ちゅうてつぶっしょうばち)」に頭を入れると若返ると言われているんですよ。
2泊3日の私のふるさとツアー。山形の豊かな自然、懐かしくておいしい食べ物、多くのパワースポットを巡る「癒しのツアー」になりました!

 私は仕事でも私生活でも山形弁で話します。一度も恥ずかしいなんて感じたことはありません。田舎娘だなんて言われても、自分らしさや故郷を大切にしたかったんです。むしろ「お?聞いたことない言葉だなあ!あの子どこの娘なんだべ(どこ出身の娘なんだろうか)?」って興味をもってもらえる、そう信じてました(笑)

 今思えば、ありのままの山形弁がウケたのかもしれません。東北のズーズー弁と縁のない関西、特に大阪の地で受け入れてもらえた事は、私に自信を持たせてくれました。
今ではますます胸を張って「山形県出身です!」と言っております。
“方言女子”が流行ってきた今だからこそもっともっと知ってもらいたいです。

 ここ2、3年で山形県出身のアーティストが一気に増えました。皆で切磋琢磨して山形のことを全国へ発信していきたいと思います。

 よーっし!山形県人としての誇りを持ってこれからもガンバッゾー!!


 

私の原点、歩む道

 私の実家は親子三代にわたる惣菜屋を営んでいます。
自営業のため、家族全員で出かけることはほとんどありません。
自営業はお客様との信頼関係が唯一無二。臨時休業なんてそうそうできません。
不自由な生活にならないようにと、せっせと働く家族を見て、私も何か手伝いたくて毎日味噌汁を作っていました。「帰って来た時にあったかい味噌汁があるって嬉しいなぁ。ありがとな、あや。」と笑った母の顔を見るのが嬉しくて…
「いつか見たくても見られないような世界に家族を連れていくんだ!」と、その時強く胸に誓いました。
今思えばその頃から負けず嫌いだったのかもしれませんね(笑)

 民謡や演歌が得意だった母の影響をうけ、小さい頃から民謡を習い始めた私。持ち前の負けず嫌いを発揮して練習に励み、民謡大会では優勝できるようになりました。

 転機が訪れたのは、2010年。高校1年生、当時16歳の時でした。
実家の惣菜屋に母の友人が『(げん) 哲也(てつや) 北区(きた)の演歌座2010 新人歌手発掘オーディション』のことが書かれた新聞の切抜きを持ってきてくれました。
「あやのちゃんの実力、どれくらいだか試してみたらいんねが(よいのでは)!?」と強く勧められ、高校1年生でもあることだし、何でも試してみようとオーディションを受けました。
すると、最終本選で“大賞”を頂き、作曲家 弦哲也先生の門下に入ったのでした。
それから3年ほど弦先生のレッスンを受けた後、2014年に【演歌歌手 工藤あやの】として『さくらんぼ 恋しんぼ』(たかたかし作詩/弦哲也作曲)でデビューしたのです!!

 最近では、夢だったNHKの歌番組にも何度も出演させて頂いたり、毎週水曜日には先ほども紹介した大阪の名物ラジオ番組のアシスタントとして3時間の生放送をさせて頂いています。
また、歌番組やラジオだけにとどまらず、着物を着て唄いながらのラインダンス、番組ロケではヒヨコやカンガルーの串カツを食べ、大衆演劇に飛び入り参加しての一発芸、メイド喫茶でメイドさんの修行、ラジオの中継では角刈りヘアにサンバイザー&全身ヒョウ柄の服を着てキャリーバックを転がしながらの買い物競争などなど、本業の歌手業だけに捉われず様々なことに挑戦しています(笑)
「イモトアヤコさんみたいに身体を張った珍獣ハンターのようになりたい!」とも思っている私には楽しくて仕方がない毎日です!

 デビューから早三年、あっという間でした。
時には苦しくて悔しくて逃げ出したくて自暴自棄になったこともありました。
でもそれ以上に、嬉しくて楽しくて幸せな時も沢山あって、今では自分を必要としてくださるファンの方やスタッフさん、歌手仲間がたくさんいます。
職業を通して自分自身を好きになれました!夢を諦めないで本当に良かったです!!

 “どんな道に進んでも、それを良くするか悪くするかは自分次第”
たとえ壁にぶち当たっても、持ち前の負けず嫌いの精神でこれからも全力でいきます!
「工藤あやのって誰なんだべ(誰なんだろうか)?」という方も、私の唄やトーク、SNSを通して知って頂き、めんこがってくださったら嬉しいです!!

 最後に、自分たちのことより私を優先してくれる家族に改めて感謝しています。
本当にありがとう。


 

プロフィール

工藤くどうあやの さん:歌手。本名・工藤綾乃。
1994年5月7日(牡牛座)山形県山形市出身。山形県立上山明新館高校卒業。
幼少期より母の影響で民謡を習う。
2010年、高校1年時、作曲家の弦 哲也氏と東京都北区が主催した「弦 哲也 北区(きた)の演歌座2010 新人歌手発掘オーディション」にて大賞を受賞し、弦 哲也氏の門下生となり歌手を志す。
翌2011年、天童市で行われた「NHKのど自慢 天童大会」でチャンピオンに輝く。
高校卒業後(卒業式翌日)に上京し、2014年、恩師弦哲也フルプロデュースのもと「さくらんぼ 恋しんぼ」で歌手デビュー。同年6月やまがた特命観光・つや姫大使就任。
2016年10月日本作曲家協会音楽祭奨励賞受賞。
2015年4月より、ラジオ大阪にて12:00~15:00生放送中の「ほんまもん!原田年晴です」水曜日レギュラーアシスタント出演中。 2016年1月より、東海ラジオ「工藤あやののよだかぽっぽぽー」放送中。
工藤あやのオフィシャルHP http://www.arder-jiro.co.jp/ayano/


 

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  • 平成29年3月17日掲載

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