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優秀賞・中2

中学生部門 優秀賞

  

強く優しく
川西町立川西中学校 3年
嶋貫 碧斗
 
 僕には強くて優しい祖父がいました。これだけを聞くと、普通じゃない?と思われることでしょう。しかし、普通じゃない人生をおくってきた祖父だからこその強さと優しさなんです。
 
 祖父は父方の祖父です。父が小学一年生の時に車で大きな事故にあい、植物状態となってしまったそうです。
 意識が戻る可能性はとても低いと言われ、家族みんなが悲しんだという事を聞き、もしも父がそんな事になってしまったらと思うと、とても恐くなりました。
 
 しばらくして祖父は、奇跡的に意識を回復させました。ただ、奇跡と引きかえに失った物は大きかったのです。
 体の自由が無くなりました。身体障害者になってしまいました。
 僕の知っている祖父の姿は、車イスに乗っている姿です。ヒザの上に乗せてもらったりして幼心に楽しかったのを覚えています。
 自由自在に車イスを操っていてすごいなと思っていたのですが、そこにたどりつくまでの苦しみや辛さ、努力した事を知ったのは、ずっとあとになってからでした。
 
 事故にあう前の祖父はとても活動的な人で農業をしながら、スクールバスの運転をしたり、仲間と猟をしたりと明るい性格だったそうです。
 意識が戻った後、しゃべる事もうまく出来なくなり、体の自由もきかずに、だんだんと暗くなって、家族に八つ当たりすることもあったそうです。
 しかし、大変な努力の人で、リハビリを続けて一人でも車イスがあれば生活できるようになりました。父が言うには、絶対に弱音を吐かずにのりこえてきたそうです。
 
 僕が遊びに行くといつもニコニコしていました。一緒に遊んだりする事はできませんでしたが、そのかわりに、昔の色々な話を聞かせてくれました。うまく話せないからゆっくりだけれど、どの言葉も僕には未知の世界を教えてくれる、キラキラした宝石のような言葉で、忘れる事ができません。
 そんな祖父は、僕の小学校の卒業式を待たずに亡くなってしまいました。
あまりにも突然で、お別れも言えませんでした。
 
 祖父にどうしても謝りたい事があります。僕が五年生の時に祖父の家に遊びに行っていた時、良かれと思って、祖父が拾おうとしていたゴミを大変そうだなと思い、先に拾って捨ててしまいました。そうしたら祖父は悲しそうな顔をしました。しかし、その時の僕には理由がわからず、けれども、あんな顔にさせてしまって心が痛みました。
 
 母に理由を聞きました。きっと祖父は自分が特別扱いされたのと、僕が何の声もかけずに捨ててしまったのがさびしかったんじゃないかと。母も嫁いですぐの頃、同じような事をしてしまい、学んだそうです。
 僕はハッとしました。勝手に、おじいちゃんは大変だからとか、何かしてあげなきゃ、と決めつけて接してしまっていたんだと。
 
 あの時、「ゴメンね」が言えていたら、と思う反面、祖父はそれで喜ぶような人ではないとも思います。なので、その一件からは、先回りして動いたりしないようにしました。というよりも他の家族と同じように接しました。
 すると祖父との関係が前よりもスムーズになった気がしました。
 
 言えなかった「ゴメンね」のかわりに、立派な大人になる事で僕の思いは届くと信じています。
 祖父の人生を知った事で、人としての強さとは、優しさとはどういう事なのかが分かりました。自分に厳しく、人には優しく、それが当たり前にできる大人になりたいと思います。

 

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