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佳作・中2

中学生部門 佳作

 

 

同じ時間を共に
川西町立川西中学校 2年
山田 江里子
 
 私達は、障害のある人とない人で接し方をどこかで変えてはいないだろうか。
「障害」という言葉が存在しているだけで、同じ時間を過ごしている仲間なのに。
 私には、自閉症スペクトラム障害のいとこがいる。彼は七歳だが、知能の発達が遅れているため、知能は四歳の子供と同じぐらいなのだ。話をすることや、コミュニケーションをとることも難しい。そんな彼と出会い、ふれあう中で、私の考えが変わった。
 
 彼は、生まれてから一年が過ぎ、歩けるようになっても、言葉を発することがなかった。それに異変を感じた叔母が、市の相談窓口に行って相談したり、彼を病院に連れて行って診察を何度も受けることによって、自閉症スペクトラム障害だという診断が下ったのだ。その時の私は七歳で、はっきりとは覚えていないが、なんとなくがっかりして、彼に対する気持ちが変わったのは覚えている。
 
 けれど、今の私なら絶対にがっかりなんてしないと思う。なぜなら、彼と過ごす時間は楽しくてかけがえのないものだし、彼とのふれあいは言葉がなくても心で通じ合えて、うれしさを感じるからだ。
 しかし、自分以外の周りの人によって、彼と過ごす時間は楽しいだけではないことに気づかされることもあった。特に、彼と一緒にどこかへ出かける時に、それを感じるのだ。
 
 彼は自分の思い通りにならなかったり、自分の意志が相手に伝わらなかったりすると、言葉で言えないかわりに、大きな声を出したり、行動で示したり、走り回ったりする。
 すると、周りの人は彼に注目し、嫌な目を向ける人も中にはいる。私はその時、あまり言いたくないが、正直に言うと、他人のふりをしたいと思ってしまうこともあった。そんな風に思ったのは、きっと、自分もそういう目で見られたくないという思いと、自分に責任がくるようで嫌だという思いがあったからだと思う。その時初めて、私は、障害をもっている人の家族のつらさ、大変さを知った。
 
 以前からずっと、私は将来、看護師になりたいと思っていた。けれど、最近彼と過ごす中で、特別支援学級や特別支援学校の教諭も選択肢に入れたいと思うように変わってきた。
 しかし、私は、なかなかその選択肢を口にすることができなかった。それは、私がどことなく、格好悪い夢だという変な勘違いをしていたことと、胸を張って言える夢じゃないと思っていたことと、楽しいことよりも大変でつらいことの方がずっと多いことを知っていたことが原因だった。けれど、よく考えてみると、人の役に立つことができ、人のサポートもできるすばらしい夢だと、今は思う。そう思ったら、胸を張って堂々と言えそうな気がする。
 
 障害のある人が今よりも、安心して楽しく生活できるような世界になるよう、同じ時間を過ごしている仲間として、私にできるサポートをしていきたい。大切なことに気付かせてくれて、私の将来の選択肢を増やしてくれた彼に、感謝している。

 

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